Dec 21, 2014

運命論者のツケ

このサイト、ちょっと整備してみました。
気付けば、今年はこれで12個目の記事。え?月に1本のペース?
そんなつもりはなかったのですが、そんな結果だった模様。
パーマリンクの変更などもしたので、いままでのいいね数が全てゼロ(笑)
まっいっか。

あまり本音を吐露できる場ではないので、ちょっと控えめになった気がする。フリーランスで仕事していたので、フルネーム検索をするとまずこのサイトが出てくる。まっ、それはいいのだけれど、その頃の残骸がやっぱりあちらこちらに散らばっているせいで、すぐ経歴がバレる。そんなことが最近になってまたしばしば起きる。なので、このサイトはゆっくり丁寧に育てていこうかと。

20141221a

神通力が通じないわよ?

今年を振り返ると、だいぶ人間力みたいなものが弱ったような気がする。
一旦自信を喪失すると、取り戻すのには数倍の労力が必要。
これもどれも全て、私が運命論者に傾きすぎたせいかもしれない。運命論者(宿命論)をご存じではない方のために、Wikipediaから以下引用。

宿命論(しゅくめいろん)あるいは運命論(うんめいろん) (英:fatalism)とは、世の中の出来事はすべて、あらかじめそうなるように定められていて、人間の努力ではそれを変更できない、とする考え方。宿命論の考え方をする人を宿命論者と言う。

変容を受け入れることに毎回ストレスを感じるよりも、受け入れることが前提で居続ける方が常に心が安定していると思っています。平たく言うと「あっ、そうなのね。そうゆう星回りなのよね。」で物事を片付けてしまう癖が身についてしまっているのです。それってホントに楽だし、目に見えない何かが全てを司っているかのように、全てに順応して生きていけるんです。少し宗教心と似た感じでしょうか。ただ、今年に入って自分が思うようにコトが進まなかったり、そもそもどうなりたいのかすら思い描く気力を失ったというか。目の前に来るものを、これは運命だからと抵抗なく受け入れ続けると、こういうことが起きるんですね。念じる力が弱まるんです。

毎日小さな決断を積み重ねて人は生きています。本来なら思い描く方に、強く願う方に己で切り拓いていくべきなんだと、ようやく再確認。っつか、なんで忘れているの?(笑)それが取り柄でもあったはずなのに。何に対しても’コミットできない’というのは、自分に意思がないだけ。っという結論に至った。

20141221b

あー。本文と全然関係ない画像載せてる。
新しいレンズを購入したの。被写体は、今回はシュライヒ社ではなくブルーダー社のもの。
ドナドナだね、まるで。彼からの誕生日プレゼントのおまけでもらったのだけど、ジク社の働く車シリーズはすごく臨場感がある。ちょっとまた物色してみようかな。

 

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